昨日は、前日の雷雨近況で患者さんと盛り上がりました。
その中でも、自宅隣の電柱に雷が落ちたのを目撃した奥様のご主人が来院されました。
そういえば、7時頃でしたか轟音と共にクリニック近くに雷が落ち、驚く間も無くテレビが消えました。
これはやられたかな?なんて一瞬思いましたが、すぐに勝手に点きました。
まさに落ちた時刻がほぼ一致。
半径2K以内であの音でしたので、真横に落ちた稲光と轟音はとんでも無かったと奥様が話されていたと、寝ていてよく分からないと大笑いで患者さんが話されていました。
それはそれで幸せかと笑。
電柱の上の街灯が焦げて落下していたと・・火事や停電にならなくて良かった・・。
そんな昨夕は前日とうってかわっての快晴・・。⬇︎
これで梅雨も明けたかなと思っての今朝は・・路面はしっかり濡れていました。
今朝の雲を見る限りでは・・。⬇︎
これから晴れるのかな?と思えるような・・よく分かりませんが笑。
そんな真夏直前の今週ですが、7月も早三分の一が過ぎています。
空を見上げると飛行機雲をよく見かけるようになりました。
そろそろ海外へ・・なんて考えていますが、いかんせん時間が・・です。
そんな某日の思い出。
羽田空港へ行くと何かしらイベントがあっている事も多いんです。
某日は空港の歴史展でした。⬇︎
それはそれは様々な風景を見てこられたでしょう。
それでは、その風景展を見てきた僕の風景です笑。
正面のパネルを見て一番に思ったのは。⬇︎
止まっている車が全てアメ車?。
それでは当時の国産車がどうだったかといえば・・、当時は自前でボディーを開発はしておらず、いわゆるノックダウン方式で生産していました。
ノックダウン式とは、外国で生産された製品の主要部品を輸入して、自国で組み立て販売を行うことです(要は結局外車ですね笑)。
ちなみにこちらは『日野ルノー』です。⬇︎
これは何のノックダウンでしょう?。
そうです見ればわかりますね、ワーゲンです・・ではありません笑。
そもそもルノーって言ってますからドイツ車である訳がありません。
では正解は?。
こちら『ルノー4CV』です。⬇︎
確かにそっくりというかそのままです。
しかし、違和感を感じた方も?。
そうですよ、かの有名なこちらではありませんから。⬇︎
こちらは同じCVでも2CVですし、おまけにシトロエンです。
話の脱線ついでに言えば、CVとは馬力です。
なので4CV=4馬力・・。
僕が今乗っているのが1200馬肉ですから・・・、いろんなところをふざけ過ぎて申し訳ございません。
しかし、写真で見えている車は長い車体ですから、フランス車のノックダウン車ではないですね。
ではアメ車のノックダウン車ってどんなだったんでしょうね。
調べようかと思いましたが、脱線が過ぎることになりそうでまたの機会にします笑。
そんな戦後の1950年代から、やっと日本へ返還され名前が『東京国際空港』になったと。
当時の空港周辺の様子がこちら。⬇︎
中々に閑散としています。
当時の飛行機はこちら。⬇︎
この当時1950年台はダグラス社製がメインだったようです。
D C -3,4,6,7号機が並んでいます、なんて知った顔で書いていますが全く詳しくありません笑。
このように開港時はダグラス社が大半でしたが、ダグラス社は1997年にボーイング社に合併吸収されました。
でも、昔の飛行機もかっこいいです。⬇︎
当時からホテルも営業していたようです。⬇︎
受話器もテレビも良い感じですが、今と大差は無いような。
そしてレストランも。⬇︎
料理もさほど変わっていないのではと思われます。
その他、いろんな展示品や写真もたくさんでした。⬇︎
貴重な資料です。
奥のスペースでは昔の映像も流れており、一日いても飽きない程でした(僕は数分しかいませんでしたが笑)。⬇︎
最後に、今はなき伝説の航空機が羽田へ初飛来した際の貴重な写真も・・。⬇︎
日本へも導入の予定があったようですが・・あの事故で・・。
今もこちらが開催されているのかは分かりませんが、もう少しゆっくりみたいと思っていますので・・、また行きたいものです。
と言って行けたためしがありませんが笑。
どうやら天気予報ではまた雨が激しく降る恐れがあり、旅行なんて浮かれている場合では無いと・・。
だったら尚更、そんな日は以前の思い出で妄想に耽りたいと思います笑。
それではどんな天候であれいつものようにです。
追記:
空港内にあったお寿司屋さんの写真です。⬇︎
今と変わらない雰囲気ですが、女性の手元を見ると・・。⬇︎
『ファンタ』でした。
良い時代です。